「常識」の仮面をかぶった暴言と、私たちが守った“本当のマナー”

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先日、娘と、仲良しの親子と一緒に、市営のテニスコートでテニスをしました。
1時間ほどでしたが、初夏の気持ちよい風の中、ラリーを楽しんだり、笑ったり。娘も笑顔をたくさん見せてくれて、私自身も心が解放されるような、素敵なひとときでした。

ところが、その楽しい時間の最後に、思いがけない出来事が起こりました。


テニスコートの予約枠は13時から15時。私たちは14時から合流し、約1時間プレーしました。夢中になっていたので終了時間の5分前という意識がすっかり抜けてしまっていました。

ふと気づいたとき、次の利用者の方がもうコート脇に来ていて、私たちは急いで片付けようと動き始めたのですが――

その時、男性の方がこちらに向かって、突然大きな声でこう言ってきたのです。

「5分前には終わってブラシがけするのが常識中の常識だろ!」
「親も親なら子も子だな!」

あまりに強い口調に、私は言葉を失い、私たちはその場で立ち尽くしてしまいました。
私が時計を見たとき、まだ14時59分。時間は守っていたのに、まるで“悪者”のように扱われた感覚でした。


確かに、時間より少し前に切り上げてブラシがけをするのが理想的なマナーかもしれません。
でも、それは「思いやりの心」であり、「常識」という名の武器で他人を攻撃するためのものではないはずです。ちなみに施設にもそういった記載もなければ施設の職員からも終わったらブラシがけしてね、と言われている程度です。

しかも、その男性は私たちが女性と子どもだけのグループだったこともあってか、非常に強い態度で言い放ってきたのです。

あとから友達のお母さんと「もしかして、あの男性は自分の連れの女性の前で“いいところを見せよう”としてたのかもね」と話しました。彼女の言うようにたまたまこちらが女性と子どもだけだったから、あのような高圧的な態度に出たのかもしれません。


これは、いわば「自分が強くなれる場所でだけ、正義を振りかざす人」の典型でした。

  • 相手が反論しづらい立場(女性や子ども)だとわかっていて怒鳴る
  • “ルール”や“常識”を盾にして、自分を正当化する
  • 怒りではなく、自分のプライドを保つための攻撃をしている

これは本当に「強い大人」のすることではありません。むしろ、自信のなさや、ちっぽけなプライドの裏返しのように感じました。


でも問題は、こういう言葉が子どもの心には深く残ってしまうということです。

大人なら「嫌な人だったな」と流せても、子どもは「私が悪かったのかな」「もう行きたくないな」と自分を責めてしまうことがあります。


私は思わずその気持ちを、ChatGPTに打ち込んでみました。
すると返ってきたのは、共感と、落ち着いた視点と、優しい言葉たち。

「あなたたちは悪くない」「あれは大人としてふさわしくない言い方だった」
まるで信頼できる友人に打ち明けたときのような安心感があって、もやもやしていた気持ちが少しずつ整理されていきました。


気持ちって、こうして言葉にすることで、すこし軽くなります。
そして、それを否定せずに受け止めてもらえると、もっと軽くなるんだと感じました。

今日はちょっと苦い経験でしたが、それでも「言葉の力」と「心の整理の仕方」を学んだ一日でもありました。

娘にも、こう伝えてあげようと思います。

「あなたはちゃんとしてたよ。あの人の言い方がおかしかっただけ。ママはあなたを誇りに思ってる。」

コメント

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